悪々マヌル 後半③

悪々マヌル 後半③


 しばらく後。


「…………!」


 ケンシとティゴはベッドで目を覚ました。天井が二人の視界に入る。酷く見慣れた宿屋の天井。


「一体何なんだ……」


 ソーンフォレストでマヌルに襲われた事。あれは夢だったのだろうか。そんな筈はない。あの痛みは夢では有り得ない。

 ケンシは額の汗を拭おうとし、体が動かないことに気づいた。両手両足を縄で縛られていた。


「おはようございます」


 頭の上から聞えて来るマヌルの声。二人は悪態で返そうとし──────凍り付いた。

 マヌルとカスパー……そして勇者の姿を見たからだ。三人とも笑顔を浮かべている。


「…………マ、マヌル、勇者に何をしたのかな? それともカスパーが何かしたのかな?」


 一拍おき、ティゴが口を開いた。彼女の声は酷く震えている。当然だ。

 パーティから追放されたマヌルが勇者と一緒にいる。ここで考えられる可能性としては『マヌルかティゴが勇者を洗脳した』か、もしくは──────


「違うよ。私とマヌルとカスパーで、ケンシとティゴを嵌めたんだよ」


 『勇者もグルだった』か。

 ケンシとティゴは魚のようにパクパクと口を開閉させる。


「なん、な、なんで…………?」ティゴは困惑する

「そんな難しい事じゃないよ。実はね、カスパーは人の精神をいじる魔術が使えるんだよね。だから演技の下手くそなマヌルからイイ感じに記憶を消したり足したりして誘導してさ、二人を嵌めたんだ」勇者は笑顔のまま淡々と語る。

「そうじゃねえ! 嵌めた理由を教えろよ! 何もかも意味不明なんだよ!」ケンシは憤慨し歯ぎしりする。

「…………」


 勇者はスンと笑みを消し、天井の方へ視線を向けた。


「カスパーに記憶を消して貰えばいいか……まぁ簡潔にいうと、強くなるためだね」

「強くなるためだって? 人をはめて何がどう強くなるんだよ」

「────」


 勇者は目を強く瞑り、そして開く。それをみたケンシとティゴは喉から息を漏らす。


「ヒッ…………」

「この目、知ってるよね。忌む目。魔族と人の間に生まれた忌み子の証。私とマヌルは魔族と人間のハーフ。魔族に犯された母が私を産んだの。因みにマヌルとは異母兄弟だよ。見た目は全然違うけどね…………

 ああそうそう、ここからが本題なんだけど、実は私、魔族の血のお陰か『自分を原因として巻き起こった負の感情』を浴びる程に強くなれるんだ。魔族を感知できるのも同じ理由」

「……」

「勇者パーティ、中々にストレスの貯まる環境だったでしょ。過激派のマヌル、無自覚風スパルタな私、古株なのに何も言わないカスパー。マヌルが抜けて落ち着くかと思ったら、更に悪化していくパーティの空気…………もう辞めようってなった瞬間、襲来するマヌル。あれ全部仕込みだったんだ。ゴメンね」


 勇者の声色に愉悦は無い、反省もない。本当にただ淡々としていた。


「…………」


 ケンシとティゴの胸中には最早怒りも困惑もない。余りの内容に一周回って頭が冷えたのだ。

 ケンシは目を細め、カスパーの方に首を向けた。


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